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続・Wuppertal留学日記

2016年10月から2017年3月頃まで、再度留学する機会に恵まれました。前回に引き続き、大学の様子や体験などを書き残していこうと思います。

2016年12月17日(土):晴れ FürstenfeldbruckとMünchen

文化 旅行 研究

8時過ぎにミュンヘンに到着。今回はバス内でそこそこ快適に眠ることができました。

駅まで歩いていき、エリア切符の情報やロッカーの位置を把握したうえで、Burgerkingへ行きました。
そこでトイレを使わせてもらったり食事をしたうえで私はFürstenfeldbruckへ移動することにしました。
ドイツ連邦軍の空軍顕彰碑を見に行くのです。

Fürstenfeldbruck(以下FFB)へはミュンヘンから電車で30分ほどでした。乗り換えはありません。
郊外の田舎町で、駅周辺は自然豊かではありますが殺風景ともいえるような雰囲気です。
ここからバスで、さらに町のはずれに向かいます。Fliegerhorstというバス停だったと思いますが、ここまでもバスの乗り換えは必要なく一本で行くことができます。バスの路線の終点に位置しているため、15分くらい乗っていたように思います。

Fliegerhorstはドイツ連邦軍の空軍基地がある場所で、それ以外には特に目立った建物などはありません。
停留所の目の前が基地の入り口です。ここから5~10分ほど歩いたところに、目的の顕彰碑があります。
まったくもって観光地でも何でもない地域ですので、顕彰碑以外には立ち寄ることができる場所もありません。

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▲空軍基地の門その1

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▲空軍基地の門その2

目的地に近づくにつれ、人気がどんどん少なくなっていきます。
辺りには民家や畑が見受けられますが、あまり賑やかなところではありません。

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▲こんな感じです

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▲こちらが空軍顕彰碑の入り口です。

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▲人っ子一人いないものの、立ち入り可能時間帯ですので勝手に門を開けて入ってok...なはずです。

これまで見てきた海軍顕彰碑と陸軍顕彰碑はどちらも観光地化が進められていました。
前者はUボート技術博物館などが併設されており、ホテルや売店も近くに立ち並んでいるため気楽に遊びに行くことができました。
後者はEhrenbreitsteinというかつての要塞跡地の内部に存在しているのですが、要塞施設そのものが観光地化されていて博物館やカフェ、お土産ショップなどによって彩られています。
そのため、顕彰碑だけを見て帰らなければならないということはなかったのです。

ところが今回はどうでしょう。
ここには本当に顕彰碑そのものしかありません。ついでに門が閉められていて、自分で開けて入る形式になっているためやや所見の人間には敷居が高いです。
遠巻きに見たときには立ち入り禁止なのではないかと思ってしまったほどです。また、立地や併設施設が存在しないことからか人もほとんどいません。
私が訪れたのは土曜の昼前という時間帯だったのですが、文字通り誰もいませんでした。これまで見てきた顕彰碑は観光地のランドマーク的なものだったのですが、今回はどちらかというと墓地のような風情があります。

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▲全景。

遠巻きに見てみると古墳のようにも見えます。
施設までは砂利が敷き詰められているため、神社の境内を歩いているかのような気分になりました。
施設正面には碑文が刻まれています。

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▲「君たちが忘れ去られることはない」

ここを迂回して奥の古墳のようなところへ入っていくと、大きく鉄十字が掘られた石が中央に設置されていました。
鉄十字は真上を向いているため、空からでないときれいにみることはできません。頑張って写真を撮ってみましたが、なんとなく雰囲気は伝わるでしょうか。

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▲鉄十字の中央には何かの葉があしらわれています。

これまであちこちの記念碑を見てきたところ、大抵の場所に国民哀悼の日の花輪が掲げられていました。今回もどこかにあるのではないかと期待したのですが、どうも見当たりません。ここでは儀式が行われていなかったのでしょうか。あるいはもう片付けられてしまったのか。

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▲施設内側から入口に向けて視線を向けるとこんな感じです。

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▲斜めから全体を撮影しました。なんとなく全体の雰囲気は伝わるでしょうか。

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▲「寄付により設立 1961-1965年」。こちらは入口脇に掲げられていた銘板です。

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▲横には設立者にまつわる銅板が飾られています。

一通りじっくり眺めてから帰ることにしましたが、本当に殺風景でだだっ広いところです。そんな広いところに一人で来ていたために孤独感が増幅されてしまい、もの寂しささえ覚えました。どこかでこの記念碑にまつわる本か何かを手に入れられないものかと思っていたのですが、どうも付近には何もなさそうです。

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▲空軍基地の門の前に、ミュンヘンオリンピックで暗殺された方たちの記念碑がありました。

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▲もし万が一この街のこの地区を訪れる方がいらっしゃるようであれば、ぜひこちらもチェックしてみてください。

さて、続いてバスで中央街の方へと出てみました。

小さな町ではありますが、街並みはきれいでクリスマスマーケットもそれなりに賑わっています。空軍顕彰碑がFFBに存在するのは、この町に空軍の訓練学校があるかららしいのです。連邦軍のwebサイトをちらっと見ただけですのでまだ詳しいことは分かっていませんが、現地を訪れてみて訓練学校と町のつながりを少しだけ感じることができました。クリスマスマーケットに空軍の学生が出店しているコーナーがあったのです。スープのようなものを提供しており、なかなか美味でした。

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▲空軍士官学校の出店

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▲スープ。どろっとした感じでお腹にたまりました。

近場の本屋をめぐってみたのですが、FFBの地域史に関する本すら見つけることができません。
現地を訪れたという以外の収穫はゼロですが、そのまま帰るしかないか...と諦めつつも、帰りがけにツーリストインフォメーションを見つけたためそこに立ち寄ってみました。
町の観光スポットを紹介した冊子(無料)をそこで手に入れたのですが、そこにほんの少しだけ顕彰碑について記述がありました。
といってもその記述は別に大したものではなく、「詳しくはLuftwaffe(空軍)のwebページを見ろ」と無慈悲に書かれています。

こちらに来れば日本では見つからないような本や資料が各町で手に入るのではないかと甘い期待をしていたのですが、どうもweb上で見つけることができる情報の方が質が高い場合もあるようです。
陸軍顕彰碑を訪れた際も、現地で手に入れた小冊子よりも記念碑を管理している団体のwebサイトの情報量の方が勝っていたため、なんだかがっかりした覚えがあります。
そういう点では、資料を見つけることよりも実際に現地を見て、雰囲気を味わい、あれこれ考えたり感じ取ったりすることの方に価値があると思うべきなのでしょう。自分で見てみた印象というものは自分だけのものですし、ウィキペディアで読んだだけでは味わうことができないものを得られるような気がします。

さて、FFBでの用事はこれで終わりました。既に14時過ぎだったかと思いますが、この頃には早くミュンヘンに戻って何か食べたいという気分に支配されていました。
といってもありふれたものは食べたくないので、白ソーセージかクリスマスマーケットの何かにしようと心に決めていました。
それにしてもFFBは田舎だった。人っ子一人いないということはありませんでしたが、妙な孤独感がある街でした。

ミュンヘン駅をうろうろしていたところタバコ屋さんを見つけたのですが、ドイツで初めて黒タバコのゴロワーズを見つけました。
この旅行中はたばこを吸わないようにしようと思ってライターもたばこも一切持ってきていなかったのですがここで買ってしまいました。

続いてホテルにチェックインして荷物を置き、そこから出かけることにしました。ミュンヘンは街並みがきれいで、歩いているだけでもそこそこ楽しむことができます。
そうそう、先週Stuttgartを案内してくれたYさんと今日はミュンヘンで会うことになっていたのでした。YさんはStuttgartのダイムラーで働きながらミュンヘン大学で勉強するという二足の草鞋の生活をしています。連絡してみたところ、Mrienplatzにいるということでしたので、クリスマスマーケットがてらそこへ向かいました。

この時期のミュンヘンは初めてだったのですが、とんでもないカオスです。
凄まじい人混みで、商店街を歩くのはそれだけで苦痛を伴う行為です。

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▲ひどい!

なんとかしてMarienplatzにたどりつき、合流することができました。クリスマスマーケットはそこら中にあるのですが、変わったところに案内してくれるということで少し歩くことになりました。

道中dallmayrというコーヒーショップに寄りました。ドイツでは超がつくほど有名らしく、特にミュンヘンの本店はテレビCMの影響で誰もが知っているのだそうです。私はいつもネスカフェの安いインスタントコーヒーで満足していたのですが、お土産ということで一缶買ってみました。

その後地下鉄で数駅移動し、噂のクリスマスマーケットに連れてきてもらいました。工場のような場所だったのですが、どうも話を聞いたところかつては豚の屠殺場だったところなのだそうです。そんなバイオレンスなところなのに、マーケットの名前は「Märchen markt」。全く童話も何も関係ありません。

マーケット内はモンゴルのゲルのようなテントがあちこちに立っており、その中で音楽が演奏されていたりします。また、コンテナのようなものがあちこちに転がっており、ギャングのアジトのような雰囲気もあります。これは絶対に一人では来ることができなかったと思います。不思議な体験でした。

マーケットを一回りしてからもまだ時間があったため、Yさんが大学を見せてくれるという話になりました。ミュンヘン大学といえばゾフィー・ショルの記念碑があったはず!と思い、Yさんに聞いてみたのですが見たことがないという話でした。が、ありそうな場所はわかるし、地名にもGeschwister Scholl Platzという名がつけられているということで、そのあたりまで連れて行ってくれることになりました。

ミュンヘン大学の建物は古風で大きく、威厳があります。
入ってすぐのところにホールのようなエリアがあるのですが、その一角にありました。

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▲白バラの碑だそうです。

しかも、ちょうど今日まで大学構内で白バラ運動関連の展示が行われているというではありませんか。展示は大学の一角にパネルが置かれていて、誰でも自由に見ることができる形にされていたため、夜でもおかまいなく見学できました。
肝心のゾフィーショルが作ったビラの資料がないじゃないかとYさんと一緒になって探していたのですが、結局見つかりませんでした。活動の中心メンバーの略歴と、どういう形で処刑されたかというような話が紹介されていたのみのようです。

その後はミュンヘン大学のUni-KneipでYさんとYさんの交際相手と三人であれこれ話をしていました。最近観光ばかりしていたために、こうしてじっくり人と話す楽しみを忘れつつありました。数時間のおしゃべりが心から楽しかったです。

日独の文化の違いや、人柄や人付き合いの仕方のくせなどあれこれ聞いてみました。ドイツ文化については、「Loriot」というコメディ番組を勧められました。
ドイツ版モンティパイソンのような、ちょっと古めのシリーズらしいのですが、ドイツの文化や人柄をうまいこと茶化しているシリーズなのだそうです。
「もしこれを見てしっかり面白さを理解できたら、かなりドイツ文化に通じているということになると思うよ」とのことでした。なんだか敷居が高そうですが、文化学習にはなりそうです。

これまでドイツ人にドイツについてじっくり話を聞く機会が案外少なかったように思います。ドイツ語コースであちこちの国の人たちと話こそしましたが、意外にドイツ人と知り合うのは難しいのです。
将来どうするのかという話などもしていたのですが、Yさんたちからは「せっかくドイツでの生活経験もそれなりにあるのだからこっちで働くか、日本に支社があるドイツ企業を探してみたら?」というような話をされました。Yさんはダイムラーベンツで働いているのですが、かつては日本の支社と頻繁に連絡をする部署にいたそうです。その際に、日本側の連絡窓口とのコミュニケーションをうまくとることができずに苦労した経験があるという話をしてくれました。まず語学的な壁が第一にあって、英語が通じなくて困ってしまったそうなのですが、それにも増して嫌気がさしたのはYESともNOともつかない曖昧な対応だったようです。現在Yさんはどういうわけか日本語に興味を持っており、日本語もそれなりに話すことができています。しかし、当時は語学的興味もなかったばかりか、仕事にとって障害になるような対応の悪さに「もう日本の窓口と対応する仕事はしたくない」と職場で相談したのだそうです。
そんな経験があったことから、国外での生活経験があり、またこちらの人たちの会話スタイルやコミュニケーションの癖を分かっている人材が絶対に日本でも重宝されるに違いない!というのがYさんの主張だったわけです。Yさんの個別の経験は確かに貴重な話ではあるのですが、実際のところどうなのでしょう。留学経験をどうやって売りにして生きていくべきか、まだ私にはなんともいえません。しかし、就職活動をするならばせっかくの語学スキルも生かしたいとは思っていますし、Yさんの助言が魅力的に感じられました。

話し込んでいたところすっかり深夜になってしまいました。Yさんたちと別れたのち、ホテルに帰ったら既に0時を回っていました。明日起きられるかしら...。